前回の記事では公的な用語での「時間外労働」、一般的に“残業”と呼ばれるものを解説しました。
そして今回はその残業が大きくかかわってくる、近年急増している労働条件「みなし残業」と、似たような意味を持つ「固定残業代制」について解説します。
どちらもインターネット上では「やばい」「ブラック」というイメージとともに語られがちな2つの働き方。しかし急増しているということは、少なくとも企業側には導入するメリットがあるということです。
そして実は、労働者にとってもメリットの多い契約条件なのです。
今回はみなし残業制や固定残業代制の定義やメリットとデメリット、少し前に話題になった超大手企業の求人条件について、できるだけ分かりやすく解説します!
・みなし残業制と固定残業代制は似ているようで違う
・固定残業代制=ブラックという認識は間違い!
・日本の課題である「生産性の向上」に役立つかも!
みなし残業ってなに? 固定残業との違いは?
近年、特によく聞くようになったみなし残業という言葉。法律上の正式名称は「みなし労働時間制」と言います。
まずはかんたんに意味を解説しましょう。
あらかじめ一定時間の残業を見込み、当該時間分の残業代を給与に含めて支払う制度
つまり、実際の残業の有無にかかわらず、毎月一定時間の残業をすると“みなす”制度。そんなところから、この名称になりました。
みなし残業に含まれている手当
前回も解説したとおり、残業のなかでも「時間外労働」と「休日出勤」には、割増賃金を支払う必要があります。
それはみなし残業制も同じこと。
そのため、固定給に含まれるみなし残業代には、下記が含まれています。
・所定労働時間を超える時間分の給料
・時間外労働に対する割増分(25%以上)
・深夜労働に対する割増分(25%以上)
・休日労働に対する割増分(35%以上)
みなし労働時間制を導入している企業では、実際の労働時間に関係なく、これらの手当が毎月、給与に含めて支払われます。
また、設定時間を超える残業が発生した場合は、超過分の残業代を別途、支給する必要もあります。
つまり、みなし残業代を支払えば残業させ放題というわけではないので、注意してください。
みなし残業を適用できる職種
実は本来のみなし労働時間制は、すべての企業・職種に適用できるわけではありません。下記の2種類に限定されます。
・事業場外労働制
・裁量労働制
事業場外労働制とは、オフィスや固定の職場ではなく外部で主に働く職種のこと。具体的には営業職や新聞記者、旅行会社の添乗員やバスガイドなどのほか、近年増えている在宅勤務やテレワークも含まれます。
一方の裁量労働制は、労働時間の配分や業務進行などを、企業が指示・管理するより社員の裁量に任せた方が効率的に遂行できる職種が該当します。
過去に裁量労働制を解説した記事もありますので、詳しくはそちらをご覧ください。
裁量労働制はやばいって本当? なぜやばいと思われるのか、実はたくさんあるメリットなど、裁量労働制をくわしく分かりやすく解…
みなし労働時間制とどう違う? 固定労働時間制を解説!
では、事業場外労働制や裁量労働制に該当しない職種はみなし労働時間制のような働き方ができないのかというと、そうではありません。
それが一般的にみなし残業と混同されがちな、「固定労働時間制」という契約形態です。
これらは下記の条件を満たせば、どの企業でも導入可能となっています。
・従業員に対して労働条件・就業規則を明示している
・基本給と残業代が明確に分かれている
・規定時間を超過した場合は差額を払う
ここからは固定残業代制についても、一般的に言われるように「みなし残業」として解説していきます。
みなし残業(固定残業代制)のルール
一般的な企業がみなし残業を適用する場合、職業安定法によりさまざまなルールが定められています。
みなし残業代の金額
みなし残業時間数
みなし残業代の計算方法
みなし残業代を含まない基本給の額
みなし残業時間の超過分は差額を払うことを明記
このうち1つでも満たしていなければ労働基準法などに違反することになるため、各企業はかなり慎重に固定残業代などを規定し、求人情報に記載しているはずです。
みなし残業時間の上限は?
前回の記事でも解説したとおり、そもそも残業時間(時間外労働)は労働基準法により上限が設けられています。
[36協定による上限]
月45時間かつ年360時間以内
[特別条項付き36協定での上限]
月100時間かつ年720時間以内
(月45時間を超える残業は年6回まで)
そのため、一般的にはみなし残業時間の上限を月30時間~45時間に設定しています。
サイバーエージェントの事例は違法?
上を読んで「あれ?」と思った方もいるかもしれません。
そうです。一時期、大きな話題になった株式会社サイバーエージェントの新卒採用条件問題。なんと30時間どころか45時間をも大きく超えるみなし残業時間を設定していたのです。
サイバーエージェントの採用条件 | |
給与 | 42万円/月 (年俸制504万円) |
所定 労働 時間 | 8時間(休憩60分) |
※残業あり | |
※固定残業代制超過分別途支給 | |
固定残業代の相当時間: 時間外80.0時間/月、深夜46.0時間/月 | |
※平均残業時間:31時間/月 |
お気づきでしょうか。固定時間外労働を月80時間に設定しているのです。
残業80時間といえばいわゆる「過労死ライン」に抵触するほどの過酷な条件。そのためインターネット上では「違法だ」「サイバーエージェントはブラックだ」という声が上がりました。
同時に、いわゆるビジネス系、法律系の識者たちからは、注意喚起こそあれ、違法性を指摘する声は上がりませんでした。
市民の声と識者の声のギャップはなぜ生まれたのか。それを知るためには「イクヌーザ事件」の判決文を読むのが手っ取り早いと言えるでしょう。
イクヌーザ事件の判決文
この事件をかんたんに言うと、基本給に組み込まれていた「月80時間の固定残業代制」という契約に対して有効か無効かを争う裁判でした。
そして出た結果は、契約は無効。裁判所は企業に対して時間外労働や深夜労働にかかる割増賃金とその遅延損害金、さらに付加金の支払いを命じました。
その判決文の中で、特に重要な部分を抜粋します。
「実際には,長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定していたわけではないことを示す特段の事情が認められる場合はさておき(後略)」
つまり設定されたみなし残業時間数にかかわらず、「長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定していたわけではない」と認められればこの判決にはならなかった(=企業側が負けることはなかった)ということです。
残業時間の設定だけで違法となるわけではない
サイバーエージェントの採用条件に戻ります。所定労働時間欄には「平均残業時間:31時間/月」と明記されています。
12カ月での平均残業時間が31時間ということは、総残業時間は372時間。これは特別条項付き36協定を結んでいれば、問題ない数値です。
また、もし年に一度でも80時間の残業が発生したうえで年間平均時間が31時間に収まるのならば、他の月の平均残業時間は26.5時間以内ということ。1カ月の出勤日数を20日と仮定すれば、1日平均1時間20分ほどになります。
厚生労働省の調査によれば1日の平均残業時間は1日42分ほどですから、この時間が少ないわけではありません。それでも、異常なほど多いとも言い切れないでしょう。
こういった実情を明記しているからこそ、サイバーエージェントの採用条件は違法ではないのです。
むしろ、月平均31時間でありながら、毎月80時間分の割増賃金を支払っている。しかも、そのうち46時間分は深夜割増まで上乗せされているのですから、労働者にとってはメリットと言えるかもしれません。
イメージだけで判断するのではなく、こういった部分も冷静に考える必要があるでしょう。
みなし残業のメリットとデメリット
インターネット上では酷評されることの多いみなし残業。実際、検索窓に「みなし残業」や「固定残業代」と入力すると、「違法」「おかしい」「やばい」というサジェストが出てきます。
しかし、実際には言われるほどデメリットの多い制度ではありません。むしろ、労働者にとっても企業にとっても、大きなメリットが存在します。
だからこそ、サイバーエージェントやトヨタ自動車など、日本を代表する企業が導入しているのです。
ここからはみなし残業のメリットとデメリットを、労働者視点と企業視点、双方から見ていきましょう。
みなし残業のメリット
みなし残業のメリットをかんたんに解説すると、下記のとおりです。
[労働者のメリット]
残業しなくても残業代がもらえる
収入が安定する
能力と収入が比例しやすくなる
[企業のメリット]
残業代を計算する手間が省ける
人件費の見通しが立ちやすくなる
従業員の業務効率が上がる
これらを1つひとつ、解説していきます。
残業しなくても残業代がもらえる
従業員にとって最大のメリットがこちら。実際には一切残業をしなくても固定残業代が含まれた給与を受け取れるのですから、メリット以外の何物でもありません。
特に、仕事の早い人にとってはこれ以上ない利点でしょう。
収入が安定する
残業の多少が時期によって変わる仕事では、月によって給料も大きく変化してしまいます。
しかし、固定残業代制を導入していれば、ある程度のレベルで収入が安定。ローンや家族の養育費など、固定費用が大きい家庭ほど、うれしいポイントとなるでしょう。
能力と収入が比例しやすくなる
この要素は直接、業務に関係するものではありません。ただ不満の軽減という意味では、大きな意味を持っています。
どういうことかというと、能力の低い人は仕事が遅い分、残業も増えます。対して、仕事のできる人は残業がない、あっても短時間で終わるでしょう。
この場合、通常のルールだとどちらが収入が多いか、お分かりのことと思います。
しかしあらかじめみなし残業を想定しておけば、そういった不条理は起きません。
能力の高い人がきちんと得をする。それがみなし残業の大きな利点です。
残業代を計算する手間が省ける
一方、企業側にもメリットは当然あります。
まず、残業時間が規定内に収まれば、社員個別に残業代を計算する必要がなくなります。このことは経理にかかる人件費の削減にも繋がるかもしれません。
そして、もうひとつ大切なこと。ここをしっかりと理解すると、インターネット上で見られる勘違いは減るでしょう。
というのも、上記に基づいてみなし残業時間を設定するなら、企業は「想定時間ギリギリ」ではなく、「残業の多い人でもオーバーしない時間」を選ぶはず。
普通に働けば追加の残業代を払う必要がない時間を設定するということは、どちらかといえば労働者側が得をしやすいということです。
人件費の見通しが立ちやすくなる
残業代がある程度固定化すると、企業は年間の人件費をある程度、正確に予測できるため、経営戦略を立てやすくなります。
超大手企業でもメリットですが、特に資金に余裕のない中小企業や設立直後の企業ほど、大きなアドバンテージとなるでしょう。
従業員の業務効率が上がる
こちらは副次的ではあるものの、企業にとって大きなアドバンテージにもなりえる要素です。
設定時間内であれば、残業をしてもしなくても給料は同じ。それならば極力早く帰宅できるように、従業員は効率性を重視することでしょう。
競合他社との競争に勝つためにも、効率性・生産性は欠かせない要素。それを従業員が主体的に実践してくれるこのシステムは、企業側に大きな利をもたらすのです。
みなし残業のデメリット
どれだけ優れた制度でも、デメリットがまったくないわけではありません。
みなし残業にも下記のようなデメリットが考えられます。
[従業員のデメリット]
サービス残業の温床になる
[企業のデメリット]
残業の有無にかかわらず残業を支払う必要がある
従業員側のデメリットは、はっきり言えば単なる誤解です。設定時間が30時間だからといって、毎月30時間残業しなければいけないわけではありません。
またみなし残業代は残業代の前払いではありません。規定に満たない時間分の残業代をもらったからといって、忙しい月に規定時間を超えて残業させていいわけでもありませんし、超過分を支払わない理由にもなりません。
ただ、誤解が原因とはいえ、サービス残業を強制される雰囲気が社内にまん延することは、この制度の数少ないデメリットと言えるでしょう。
企業側のデメリットは、仕事量にかかわらず一定の残業代がかかること。ただしここに関しては、残業代の算出にかかるマンパワーとの相殺なので、特に気にする企業は少ないでしょう。
まとめ:固定労働時間制が日本を変える?!
皆さんがどの程度、実感しているかは定かではありませんが、日本の労働時間は減少傾向にあります。
経済協力開発機構(OECD)が発表した2023年の最新データでは、日本の年間労働時間は1,611時間で世界31位。
順位としてはまだまだ高めではあるものの、1980年は2,300時間オーバー、2000年でも1,800時間を超えていたことを考えれば、減少傾向にあるのは明らかです。
ただし、同じくOECDが調査する労働生産性は世界34位で、G7内だと最下位。
ここから、日本の課題は生産性の向上だと言えそうです。
そして、それを実現できる制度が固定労働時間制、いわゆるみなし残業ではないでしょうか。
残業してもしなくても給料は同じ。それならば、残業しないことを労働者が選ぶのは、自明だからです。
また、企業側も時間ではなく内容で労働者を評価する意識が、どんどん高まっています。
どんな制度であれ、悪用する企業は残念ながら出てきてしまうのが実情。しかし一部の悪例を根拠に、制度すべてを感情的に否定してしまうのも考え物です。
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